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● モハ800登場の背景
モハ800形が登場した1971年(S46年)の同社は、前年にモハ250形を自社発注したものの、これは親会社である京成が経営危機にあって事業計画の見直しに直面してる最中、当時のモハ3300の増備を削減、譲渡されるはずのモハ6両、クハ2両が受領出来ない代替策でした。
この頃の同社は、沿線利用者の爆発的増加と使用車両に対する強い批判、切迫する輸送力、五香車庫での各車形式バラバラの旧態性能を維持する保守・点検、狭い構内での困難を極める入替え編成作業、錆(鉄粉)と油紛れの労働環境化にあり、特にその輸送力は乗客の積み残し、ラッシュ時の危険なドアガラスの破損、軌道は30kgNが色濃いせいぜい40kgNレールの保線が行届かないガタガタな状態、鎌ヶ谷大仏〜くぬぎ山が単線にあって津田沼〜松戸間直通列車(6両編成)でさえラッシュピークの乗車率が200%を超える等、今では信じられない、まさに苦境の真っ只中にありました。
その状況下、一矢報いるべく期待され投入されたのが、モハ800形、第1次増備編成であるモハ801-クハ852-クハ851-モハ802(クハは翌年の第2次増備の際にサハに形式変更)でありました。
(次回は、知られざるモハ800形・・続く)
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