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2cvとDSの春かぜミーティング 2012  のお知らせと、コンコルドの話

 投稿者:玄人  投稿日:2012年 2月19日(日)12時06分48秒
  通報 返信・引用 編集済
  管理人さま、お帰りなさいませ。いつも投稿させて頂き、ありがとうございます。今回はコンコルド特集です。最初に、お知らせを転載します。

(転載開始)
管理人様、DSオーナーのみな様
ご無沙汰しています。
今年もDSさんと2cvくんの同窓会を開催したいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

* 4月22日(日) 10時~16時ごろ

* 会場
富士山麓 朝霧高原 《まかいの牧場》さんの駐車場
(建物の反対側の駐車場です。道路東側)

* 参加費用
大人(中学生以上) 600円 小人(3歳以上) 400円
(牧場の入園券を購入していただきます。
無料開催できなくて残念ですがよろしくお願い致します。)
http://www.makaino.com/index.html
http://maps.google.co.jp/maps?q=35.336125,138.584782
〒418-0104 静岡県富士宮市内野1327
TEL 0544-54-0342


*今回はツーリングもしたいと思っています。ご希望の方は
《道の駅 朝霧高原》
9時20分集合
9時40分出発
約10kmの下り坂です。
http://maps.google.co.jp/maps?q=35.413318,138.591289


春の穏やかな気候の中、
DSさんと2cvくんにかこまれてのんびり過ごしましょう。
みなさま大勢のご参加をお待ちしております。よろしくお願い致します。

※ お食事はなるべく、まかいの牧場さんをご利用ください。

※ 追加事項ありましたら随時案内させていただきます。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
東名高速富士I.C→西富士道路→富士宮バイパス→約30分
中央高速河口湖I.C→R139→約40分
中央高速甲府南I.C→精進湖道路→R139→約50分
http://colibri2cv.blog106.fc2.com/

(転載終了)

さてコンコルドについてです。前回、掲載したコメットさんとカラヴェルさんの時代、世界の空はロッキード・コンステレーションとダグラスDC-6、DC-7で占められていたことは解説しました。ロッキード社やダグラス社のライバルであるボーイング社は、これらライバルを一挙に出し抜く秘密兵器を開発していました。これが367-80です。B-29に続きB-47の大量受注を受けたボーイング社は、その潤沢な資金(1,600万ドル)を投入してB-52と同じ1952年に開発に着手。1954年7月15日に初飛行しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0367-80

この367-80(通称ダッシュ80)の胴体を太くするなど改良を加えたのが有名な707です。当時、世界最大の航空会社であったパン・アメリカン航空をはじめとする著名な航空会社に大量採用され、コメットで懲りたBOACも採用しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0707
http://www.youtube.com/watch?v=c_Z8U_IlmIE&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=46T4i0-vAmI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=QwdKhcPgm9U&feature=related

これに危機感を覚えたライバルのダグラス社は、707に追いつくべくDC-8を開発しました。試作機を省略して、いきなり量産型を製作したほどで、ダグラス社の危機感が伝わってきます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/DC-8
http://www.youtube.com/watch?v=U_oC-ijfQkA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=pgPHl2MiZms&feature=related

この頃、アメリカの航空業界では他社に敗れたメーカーが買収されたり航空機から撤退するなど業界再編成の動きが加速しました。戦時中のB-24や戦後のB-36を生産したコンソリデーテッド社改めコンベア社はCV880で対抗しましたが、遅れを取り戻すため試作機を省いたことが裏目に出てトラブルが続出。次作のCV990も売れず、同社は旅客機から撤退しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%99%E3%82%A2880
http://www.youtube.com/watch?v=Z1lGhZISDMQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=b4a37AEhwxk&feature=related

イギリスでは同国の航空機メーカーを集合させた国策会社BAC社を1960年に発足させ、コメットさんの後継機であるVC-10を開発。1962年7月に初飛行しました。BOACは買ってくれましたが、他国は買ってもらえず55機の生産に留まりました。企業である航空会社は、自社パイロットの養成や中古機の転売を想定して発注メーカーを絞る傾向がありますから、そこから外れると一挙に市場からの撤退に繋がります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B9_VC-10
http://www.youtube.com/watch?v=NlWjq_eyBcw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=AeGgrtztqo4&feature=related

このままではアメリカに敗退する。そう感じたイギリス航空業界は一挙に巻き返すべく、アメリカがまだ手掛けていない超音速旅客機を開発することにしました。しかし膨大な資金がかかることから、政府に働きかけることにしました。ブリストル社、ハンドレーページ社、ホーカー・シドレー社の計画の中で、有望と見られたブリストル案に1959年、35万ポンドの資金が供与されました。この後、ブリストル社は223と呼ばれる超音速機の開発を開始しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AB_223

これと同時期の1960年、フランスのシュド社は生産中のカラヴェルさんと乗客数、航続距離は同程度で最高速をマッハ2としたシュペル・カラヴェルの開発を開始しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%AB

この両国の超音速機計画が統合されてコンコルドになるのですが、これを強力に推進したのが当時のドゴール政権です。軍人である彼は第一次世界大戦、第二次世界大戦とドイツと戦いましたが、戦後の高度成長時代に強いドルを背景に世界各国に進出するアメリカ系企業の活動が、欧州各国の民族系企業を圧迫していることに強い危機感を覚えました。1962年5月、フランス第四位の自動車メーカー、シムカがクライスラーの巧みな秘密工作で傘下に入ると、激怒したと言います。しかしフランスもアメリカと同じ資本主義経済ですから、他国の投資を拒否することはできません。ドゴール大統領は、フランス製品の優秀性でアメリカに勝とうと考えたのです。未来の自動車と呼ばれたシトロエンDSが念頭にあったことは明らかです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%BBDS

イギリスと手を組んだ理由として、同じ英語圏に属しながら後輩であるアメリカに航空機需要を次々と奪われていって悔しい思いをした彼らと目標は同じであり、ならば隣国で協力しやすい事情があったものと思われます。しかし古くは百年戦争を経験したり、植民地収奪戦争で感情的には乗り越えなくてはならないハードルがありました。度量衡単位もフランスが世界的に普及しているメートル・グラム制なのに対し、イギリスはポンド・ヤードでしたから、設計図も併記する必要がありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E6%B3%95
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%89%E6%B3%95

1962年11月、フランス、イギリス両国は超音速機の共同開発に調印しました。これがコンコルドです。この名称ひとつにしても、フランス語のConcordeに対し英語ではConcordであり、eのあるなしで対立したと言います。最終的にイギリス側が折れましたが、よほどドゴールおじいさんが怖かったようです。開発過程でイギリス側が国際収支の悪化に苦しみ、「もうこんな開発費のかかるプロジェクトをやめようよ。」と開発の中止を提案したところ、フランス側が「撤退など絶対許さん。国際司法裁判所に訴えるぞ。」と衝突したそうで、イギリスはフランスに終始、主導権を取られっぱなしでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%89

フランス側が強い決意で開発を主導した理由に、アメリカのボーイング2707の存在がありました。アメリカのケネディ大統領が1963年6月5日に、コンコルドを超える旅客機開発計画に政府資金を投入する計画を承認していたからです。開発費の75%をアメリカ政府が負担することになっており、乗客数250名、最高速度マッハ2.7と発表されました。当時、買ってもらった百科辞典に書いてあったことを覚えています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B02707
http://www.youtube.com/watch?v=eDGk3qCq630&feature=related

アメリカには当時、マッハ3クラスの軍用機が登場しつつありました。この技術を応用すれば実現は可能だと、誰もが信じていました。

アメリカ空軍・NASAのX-15研究機です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/X-15_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
http://www.youtube.com/watch?v=fWZ9fYxQfOg

マッハ3の戦闘機YF-12Aです。SR-71は、これの偵察機です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/YF-12_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
http://www.youtube.com/watch?v=UbNSJGDSUw4&feature=related

マッハ3の爆撃機XB-70です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/XB-70_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
http://www.youtube.com/watch?v=1ESXeswZjkc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=seWJa6SG3LQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=JLxtrCpo9Co&feature=related

多くの困難を乗り越え、コンコルドは1969年3月2日、原型機が初飛行しました。youtube動画からも、感激の表情が伝わってきます。ドゴール大統領は1969年4月27日の国民投票で破れて退陣しますが、この初飛行の成功を待って行なったのではないかと思います。本人の真意は分かりませんので推測ですが、あれだけ入れ込んだコンコルドだけに、ありそうな話ではあります。
http://www.youtube.com/watch?v=nXVxLGs5yFk&feature=related

ライバルのボーイング2707は、コンコルドの上を狙って可変翼機構を想定したものの重量増が避けられず、デルタ翼に変更されました。しかしベトナム戦争における巨額の国家予算の投入に批判が高まり、超音速機の計画もアポロ計画も中止に追い込まれました。コンコルドは20機の生産に終わったものの、開発自体は成功しフランスの栄光を守りました。このコンコルドにはテーマ曲まであるのですが、フランスのイージーリスニングで有名なフランク・プウルセル楽団の「コンコルド」をお聴きください。これはロングバージョンの方です。
http://www.youtube.com/watch?v=YyKvUPQpRKE&feature=related

次回はシトロエンSMに関連して、マセラティとの提携について予定しています。
 
 
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