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2cvとDSの春かぜミーティング 2012  のお知らせと、シトロエンの提携

 投稿者:玄人  投稿日:2012年 2月26日(日)11時25分12秒
  通報 返信・引用
  管理人さま、みなさま、こんにちは。今回は1960年代後期に行なわれた、シトロエンと他のメーカーとの提携について投稿します。それでは、お知らせです。

(転載開始)

管理人様、DSオーナーのみな様
ご無沙汰しています。
今年もDSさんと2cvくんの同窓会を開催したいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

* 4月22日(日) 10時~16時ごろ

* 会場
富士山麓 朝霧高原 《まかいの牧場》さんの駐車場
(建物の反対側の駐車場です。道路東側)

* 参加費用
大人(中学生以上) 600円 小人(3歳以上) 400円
(牧場の入園券を購入していただきます。
無料開催できなくて残念ですがよろしくお願い致します。)
http://www.makaino.com/index.html
http://maps.google.co.jp/maps?q=35.336125,138.584782
〒418-0104 静岡県富士宮市内野1327
TEL 0544-54-0342


*今回はツーリングもしたいと思っています。ご希望の方は
《道の駅 朝霧高原》
9時20分集合
9時40分出発
約10kmの下り坂です。
http://maps.google.co.jp/maps?q=35.413318,138.591289


春の穏やかな気候の中、
DSさんと2cvくんにかこまれてのんびり過ごしましょう。
みなさま大勢のご参加をお待ちしております。よろしくお願い致します。

※ お食事はなるべく、まかいの牧場さんをご利用ください。

※ 追加事項ありましたら随時案内させていただきます。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
東名高速富士I.C→西富士道路→富士宮バイパス→約30分
中央高速河口湖I.C→R139→約40分
中央高速甲府南I.C→精進湖道路→R139→約50分
http://colibri2cv.blog106.fc2.com/

(転載終了)

今回、シトロエンの他メーカーとの提携について投稿するに当たり、戦後の欧州経済の歩みを触れておいた方がよいと考えますので、つまらない話をさせて頂きます。第二次世界大戦で欧州は戦場となり、その復興が課題となりました。しかし戦争による国力の損耗は予想以上に大きく、アメリカの国務長官ジョージ・マーシャルの提唱した欧州復興計画(European Recovery Program 略称ERP)が行なわれることになりました。一般にはマーシャル・プランと呼ばれています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB

援助受け入れ側の西欧16ヶ国は、この援助受け入れ機関として欧州経済協力機構 (OEEC) を設置しました。これが西欧の経済再建が完了した1961年、経済協力開発機構(Organization for Economic Cooperation and Development、OECD)に移行します。なぜOECDの本部がパリにあるのか、これでお分かりいただけたと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%8D%94%E5%8A%9B%E6%A9%9F%E6%A7%8B
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%8D%94%E5%8A%9B%E9%96%8B%E7%99%BA%E6%A9%9F%E6%A7%8B

このマーシャル・プランの援助額は巨額でしたが、アメリカは資金を拠出する代わりに見返りを求めていました。それが為替と貿易の自由化です。アメリカは強いドルを背景に巨大企業が次々と欧州に進出。このままでは欧州の産業はアメリカにやられてしまう。強い危機感を感じた欧州各国政府は、欧州をひとつにまとめてアメリカに対抗しようとしました。しかし、隣国同士で戦火を交えた歴史のある欧州各国は、国民感情も考慮しなければなりませんでした。そこで、経済面から統合を推し進めたのです。

1951年4月18日、ベルギー、フランス、西ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、オランダの6か国が欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を設立しました。この欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が、EEC、ECを経て、今日の欧州連合(EU)に発展していきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E7%9F%B3%E7%82%AD%E9%89%84%E9%8B%BC%E5%85%B1%E5%90%8C%E4%BD%93
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA%E6%9D%A1%E7%B4%84_(1951%E5%B9%B4)

欧州石炭鉄鋼共同体は1950年5月9日に、当時のフランス外相ロベール・シューマンが提唱した国際機関で、フランスとドイツの間での戦争を繰り返さないために、戦争で使われる鉄鋼と石炭を共通の管理下におくことにしたのです。

続いて欧州経済共同体(EEC)が1957年に設立されます。これはフランス、西ドイツ、イタリア、ベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)との間で経済統合を実現することを目的とする国際機関です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%85%B1%E5%90%8C%E4%BD%93

当時、ドイツ連邦共和国(通称 西ドイツ)の首相を務めていたコンラート・アデナウアー氏は、1917年から1933年までケルンの市長を務めていました。彼は第一次世界大戦の復興のためシトロエンを誘致し、ドイツ国内の生産工場が建設されました。フォードも同時期にドイツに進出しています。彼はアウトバーン(高速道路)も建設しましたが、独裁者ヒトラーは彼の盗作をしたにも関わらず、自分の功績だと宣伝しました。アデナウアー氏はヒトラーの政敵として逮捕されました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%87%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A2%E3%83%BC

彼はシトロエンを誘致したことからも分かるように、フランスと友好関係を深めたいと考えていました。ドゴール将軍が第五共和政初代大統領に就任すると、個人的な友人関係を国家の関係に高めることに成功し、1963年1月22日、仏独協力条約が結ばれました。100年に3回も戦争をした両国は、二度と戦争をしないことを誓ったのです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E7%8B%AC%E5%8D%94%E5%8A%9B%E6%9D%A1%E7%B4%84
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Sculpture_of_Konrad_Adenauer_and_Charles_de_Gaulle_outside_the_Konrad_Adenauer_Stiftung.jpg

この仏独協力条約は、両国の経済、産業面での協力、提携を推進することとなります。フランスは政府の産業界への指導、介入が伝統的に強く、ドゴール時代には特に顕著でした。航空機の分野でボーイング社、マクドネルダグラス社が世界的に圧倒的な力を持つ中、単独での対抗は無理だと判断したフランスは、西ドイツと共同でエアバス社を設立します。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%90%E3%82%B9

自動車の分野でも、シトロエンが西ドイツのマン社から購入したディーゼルエンジンを350シリーズに搭載したり、ボッシュ社の電子式燃料噴射装置(ボッシュDジェトロニック)をDS21に採用しました。当時のピエール・ベルコ社長はドゴール大統領の友人であり、西ドイツとの産業協力の面から西ドイツ製品の採用を強く促されていたことは、言うまでもありません。
1965年12月に発行された、シトロエン350シリーズのカタログです。
http://www.citronpaper.it/PLdepli/Depliant/196512350F.htm
http://www.citronpaper.it/PLdepli/Cartelle/196512350F/01.jpg
http://www.citronpaper.it/PLdepli/Cartelle/196512350F/06.jpg
http://www.citronpaper.it/PLdepli/Cartelle/196512350F/07.jpg

1969年に発行されたLE DOUBLE CHEVRON n°18です。
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC18%20aut69/11.JPG
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC18%20aut69/14.JPG
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC18%20aut69/16.JPG
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC18%20aut69/17.JPG

1968年発行のLE DOUBLE CHEVRON n°12に、マセラティとの提携について声明が掲載されました。
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC12%20prin68/36.JPG
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC12%20prin68/37.JPG

この提携についてですが、当方はアメリカに対抗する欧州国家間の経済協力の一環として行なわれたと見ています。フランス国内だけでシトロエンSMの開発生産を帰結するのではなく、イタリアも巻き込んで双方の経済発展を図るのだと。飛行機が得意なイギリスと組んでコンコルドを開発したのと同じく、高性能車の得意なイタリアと組んでシトロエンの高性能車を開発させたのでしょう。しかし、これによってシトロエン研究開発部門の夢であったパナールの復活は夢と消えました。

フランス政府の企業に対する指導監督は欧州諸国の中でも厳しいことで定評があり、豪華車を生産していたファセル・ヴェガに対する風当たりは相当なものであったと考えられます。最終的にジャン・ダニノ氏はファセルの生産を諦めざるを得ませんでした。パナールにしても、政府は軍用車に専念させる方針だったのでしょう。政府による指導監督は日本でも顕著であり、本田技研工業の自動車への進出を認めない当時の通商産業省に対し、本田宗一郎社長は自ら乗り込んで抗議したそうです。

次回は42年前のシトロエンSM発表について投稿します。
 
 
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