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2cvとDSの春かぜミーティング 2012  のお知らせと、飛行機の続き

 投稿者:玄人  投稿日:2012年 2月 5日(日)12時27分59秒
返信・引用 編集済
  管理人様、DSオーナーのみな様
ご無沙汰しています。
今年もDSさんと2cvくんの同窓会を開催したいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

* 4月22日(日) 10時~16時ごろ

* 会場
富士山麓 朝霧高原 《まかいの牧場》さんの駐車場
(建物の反対側の駐車場です。道路東側)

* 参加費用
大人(中学生以上) 600円 小人(3歳以上) 400円
(牧場の入園券を購入していただきます。
無料開催できなくて残念ですがよろしくお願い致します。)
http://www.makaino.com/index.html
http://maps.google.co.jp/maps?q=35.336125,138.584782
〒418-0104 静岡県富士宮市内野1327
TEL 0544-54-0342


*今回はツーリングもしたいと思っています。ご希望の方は
《道の駅 朝霧高原》
9時20分集合
9時40分出発
約10kmの下り坂です。
http://maps.google.co.jp/maps?q=35.413318,138.591289


春の穏やかな気候の中、
DSさんと2cvくんにかこまれてのんびり過ごしましょう。
みなさま大勢のご参加をお待ちしております。よろしくお願い致します。

※ お食事はなるべく、まかいの牧場さんをご利用ください。

※ 追加事項ありましたら随時案内させていただきます。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
東名高速富士I.C→西富士道路→富士宮バイパス→約30分
中央高速河口湖I.C→R139→約40分
中央高速甲府南I.C→精進湖道路→R139→約50分
http://colibri2cv.blog106.fc2.com/

●コリさまからのお知らせを今回からトップに持っていきますので、参加できる方よろしくお願いします。

さて、今回はコメットさんとカラヴェルさんの登場です。前回はアメリカのコンステレーションやDC-6、DC-7について書きましたが、これで世界の旅客機需要の多くを占められることになったことから、老舗のイギリスと復活を目指すフランスでは一挙にジェット旅客機を目指すこととしました。これで誕生したのがイギリスのコメットです。正式には、デ・ハビランド コメットDH.106 です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%93%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89_DH.106_%E3%82%B3%E3%83%A1%E3%83%83%E3%83%88
http://www.youtube.com/watch?v=d28zFvw8r8A&feature=related

イギリスは国を挙げてコメットの運行準備に取り組み、イギリス空軍、英国海外航空(BOAC)が2年間の訓練を費やし、1952年5月よりロンドン・ヒースロー空港と南アフリカ・ヨハネスブルグで定期商用運航を開始しました。
http://en.wikipedia.org/wiki/File:DH_Comet_1_BOAC_Heathrow_1953.jpg

しかしコメットは就航後、連続墜落事故を起こし、耐空証明(自動車では車検)が取り消されました。原因の徹底究明と対策に膨大な費用がかかることが明らかでしたが、それでも当時のチャーチル首相は、「イングランド銀行の金庫が空になっても構わない」とまで言い切ったそうです。アメリカの航空産業の存在を意識していたのでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%A1%E3%83%83%E3%83%88%E9%80%A3%E7%B6%9A%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85
http://www.youtube.com/watch?v=aAzxV-WEMEg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=SZWPcM_g9zI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=McPihy5xG3w&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=2ip1bv3Y4_A&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=OkLpWJCUeAo&feature=related

フランスのシュド・カラヴェルは、この時期に開発が行なわれていました。同機は機首と胴体、操縦系を含む運航システムの殆どを、デ・ハビランド DH.106 コメットからそのまま流用して開発費用の低減を目指していたことからショックは大きかったと思われますが、事故調査の結果を反映して、機体の設計には応力分散とフェイルセーフ思想が盛り込まれ、三角形の独特な客窓が採用されました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%AB

エンジンは戦時中にBMWが開発していたジェットエンジンを開発者ごとフランスに招聘して、新発足した国営SNECMA社で生産するアターを使用する案もありましたが、この時点ではミラージュⅢ戦闘機すら初飛行しておらず待ってられないことから、実績のあるイギリス製ターボジェットエンジンを敢えて採用しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/SNECMA_%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%BC
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%B9_%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%B3

その一方で、尾翼付近の胴体後部に双発エンジンを配置する革新的な方式を世界で初めて採用しました。これは世界各国で特許として認められたそうです。メーカーのシュド社は国営でしたから、そのままフランスの国家収入になったそうです。これの収入は膨大なものであり、外国でリアジェット方式の旅客機が1機生産されるごとに特許料がフランスに転がり込むこととなり、フランスの財政に大きく寄与しました。同じくシトロエンのハイドロリックシステムも1965年からロールスロイスの高級車に採用され、その特許料収入がシトロエンに入りました。フランスのご老人が「ドゴール時代はよかった」と懐かしむ気持ちも分かります。
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC02%20aut65/08.JPG
LE DOUBLE CHEVRON n°2 (nouvelle serie) Autumne 1965より紹介しました。

さてコメットに話を戻しますが、徹底した対策が施されたコメット・マークⅣが1958年に登場したものの、その間に開発されていたボーイング707に顧客を奪われることとなりました。ボーイング社はB-47やB-52爆撃機で豊富な経験を積んでおり、ここが手掛けたことでコメットと同じ英語圏の顧客はかっさらわれたのです。苦境に陥ったデ・ハビランド社は1960年にBAC社に統合されました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/B-47_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
http://ja.wikipedia.org/wiki/B-52_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

不運だったコメットさんに対しカラヴェルさんは、フランス官民あげて売り込みに力を入れ、最終的に279機も生産され成功しました。当時、シトロエンDSと一緒に撮影された広報写真がありますが、どちらもフランスの先進技術を象徴する工業製品でした。今でもファンが多いですね。
http://www.citroenet.org.uk/resources/wallpaper/50yearsds/800x600/08.jpg
http://www.citronpaper.it/DSpubbli/Worldpub/196_%20DS%20B%20.jpg
http://www.citronpaper.it/DSpubbli/Worldpub/6267DSD.jpg

カラヴェルのテーマ曲です。
http://www.youtube.com/watch?v=Axlk43sP7ls

機内の様子がよくわかる記録映画です。
http://www.youtube.com/watch?v=Slb4GLCabVs

退役前の貴重な動画です。フェンス越しに撮影していますね。
http://www.youtube.com/watch?v=zIEcLvBLP2Q&feature=related

最後にひとつ。1960年代と70年代に「コメットさん」と言う番組がありました。飛行機を意識して命名したのか分かりませんが、今回の特集で思い出した方も多いはず。コメットさんもカラヴェルさんも女性ですな。本当の姉妹も世界にいるのではないでしょうか。仏英両国の協力で次のコンコルドも実現するのですが、次回はフランスの超音速機ミラージュを取り上げます。コンコルドはその次の予定です。ご期待ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%A1%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%95%E3%82%93
 
 

2cvとDSの春かぜミーティング 2012

 投稿者:コリ  投稿日:2012年 2月 1日(水)21時46分29秒
返信・引用
  管理人様、DSオーナーのみな様
ご無沙汰しています。
今年もDSさんと2cvくんの同窓会を開催したいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

* 4月22日(日) 10時~16時ごろ

* 会場
富士山麓 朝霧高原 《まかいの牧場》さんの駐車場
(建物の反対側の駐車場です。道路東側)

* 参加費用
大人(中学生以上) 600円 小人(3歳以上) 400円
(牧場の入園券を購入していただきます。
無料開催できなくて残念ですがよろしくお願い致します。)
http://www.makaino.com/index.html
http://maps.google.co.jp/maps?q=35.336125,138.584782
〒418-0104 静岡県富士宮市内野1327
TEL 0544-54-0342


*今回はツーリングもしたいと思っています。ご希望の方は
《道の駅 朝霧高原》
9時20分集合
9時40分出発
約10kmの下り坂です。
http://maps.google.co.jp/maps?q=35.413318,138.591289


春の穏やかな気候の中、
DSさんと2cvくんにかこまれてのんびり過ごしましょう。
みなさま大勢のご参加をお待ちしております。よろしくお願い致します。

※ お食事はなるべく、まかいの牧場さんをご利用ください。

※ 追加事項ありましたら随時案内させていただきます。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
東名高速富士I.C→西富士道路→富士宮バイパス→約30分
中央高速河口湖I.C→R139→約40分
中央高速甲府南I.C→精進湖道路→R139→約50分

http://colibri2cv.blog106.fc2.com/

 

戦後の旅客機について

 投稿者:玄人  投稿日:2012年 1月29日(日)12時19分42秒
返信・引用 編集済
  みなさま、こんにちは。ブログによりますと、管理人さまがフランスに行かれたそうです。どうぞ楽しい道中となりますことをお祈り申し上げます。さて当方の投稿ですが、何か飛行機ばかりになりつつあります。今回はコンコルドの話を書く予定でしたが、いきなり書くと開発の目的や経緯が分かりませんので、歴史的な名機に失礼に当たると思い、第二次世界大戦直後からの旅客機の流れについても触れることにしました。今回はアメリカのロッキード・コンステレーションと、ダグラスDC-6、DC-7を取り上げます。

第二次世界大戦が終了して、自国の軍隊や海外の連合国側の国々への輸出を一手に担っていたアメリカの航空機産業は、肥大化した生産能力の余剰問題に直面しました。自動車の生産を戦時中に休止して航空機の生産に協力していたビッグスリーは本業に戻ればよかったのですが、問題は航空機メーカーです。彼らは民需転換すべく、戦時中に生産していた軍用輸送機をベースに旅客機を生産することとしました。これのトップを切ったのが、ロッキード社のコンステレーションでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%89_%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
http://www.youtube.com/watch?v=5pMHZaMFw9c&feature=related

このコンステレーションは元々爆撃機として計画されたものですが、B-29に敗退しました。しかし、他社を上回る先進技術を採用していました。まず与圧キャビンです。これはB-29で採用された新技術で、地上とさほど変わらない気圧を客室内に作り出すことにより、高空でも寒くなく呼吸も普通にできるようになりました。これが採用されていなかったB-17とB-24は、酸素マスクと電熱服が必須でした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8E%E5%9C%A7

降着装置がB-17までは尾輪式でしたが、B-24やB-29以降は前輪式になりました。これは乗客を乗せる旅客機では重要な項目です。乗り込む時に登山することになりますから。(爆)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%8D%E7%9D%80%E8%A3%85%E7%BD%AE
http://www.youtube.com/watch?v=k_elvlp6yV8&feature=related

高空では空気が希薄になり、エンジン出力が低下します。これを補う過給機が第二次世界大戦では必須となりました。スーパーチャージャーは日本でも多く採用されました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC

しかしB-29では、ターボチャージャーを採用していました。アメリカではB-17に初採用され、第二次世界大戦における欧州戦線で活躍しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC

ロッキード・コンステレーションはB-29に採用されたカーチス・ライト社のR-3350エンジンを4発搭載し、エールフランスをはじめとする欧米の航空会社で幅広く採用されました。これのライバルだったのがダグラスDC-6です。前作のDC-4に対し機体を大幅に延長し、与圧キャビンを採用し、レーダーも備えていました。エンジンはプラット・アンド・ホイットニー社のR-2800を採用しました。こちらはアメリカの戦闘機に多く用いられたエンジンです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/DC-6
http://www.youtube.com/watch?v=FLMmdx7y5-4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=TleV9fQQdC8&feature=related

このダグラスDC-6はサンフランシスコ講和条約で日本が独立を回復し、航空再開後の日本航空の主力機として活躍しました。ライバルのロッキード・コンステレーションが改良型のL-1049を1950年に出すと、対抗上これの胴体を延長してエンジンをカーチス・ライト社R-3350に換装したDC-7を1953年に投入します。
http://ja.wikipedia.org/wiki/DC-7
http://www.youtube.com/watch?v=eYM9zZBQkcc&feature=related

これらの大型旅客機が世界の空を席巻するようになると、人々の旅行の手段は豪華客船から飛行機に移ることになりました。その結果、クイーン・メリー号やユナイテッド・ステーツ号などの豪華客船が大きなシェアを占めていた大西洋横断航路は急速に衰退しました。以下は西ドイツ・ルフトハンザ航空が導入した最終発展型L-1649スターライナーの動画です。翼端タンクを装備し、大西洋無着陸横断飛行を実現しました。
http://www.youtube.com/watch?v=KB0Z5QXwnd8

これらアメリカ機が世界の空を席巻する中、同じく航空先進国のフランスが黙って見ている訳がありません。国営航空機メーカーのシュド・エスト社が1949年に開発したSE.2010 アルマニャックは、コンステレーションやDC-6に対抗する旅客機でした。同機は当初、国産のノーム・エ・ローヌ社が開発した星型空冷18気筒エンジンを搭載する予定でしたが、第二次世界大戦中のドイツ占領時代に航空機の開発研究を一切禁止されたため、試作すら実現しませんでした。そこでエンジンについては輸入することとし、アメリカで開発されていた、B-29爆撃機を上回る史上最大の爆撃機B-36にも搭載されたプラット・アンド・ホイットニー社R-4360を4発搭載しました。同エンジンは3,500馬力を発生したそうです。
http://en.wikipedia.org/wiki/SNCASE
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%82%A4%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%BC_R-4360
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%88_SE.2010
http://en.wikipedia.org/wiki/File:SE.2010_Armagnac_SAGETA_Le_Bourget_1957.jpg
http://en.wikipedia.org/wiki/File:F-BAVI.jpg

ライバルのアメリカ機が乗客を最大で112名だったのを大幅に上回る160名の乗客を乗せるべく、アメリカから輸入した世界最強のレシプロ航空機エンジンを採用しましたが、それでも性能不足だったようです。生産は僅か8機に終わりましたが、フランスの航空技術者は失敗の教訓を生かし次のカラヴェルを成功させました。さっさとレシプロエンジンに見切りをつけたあたり、第二次世界大戦前に前輪駆動方式を乗用車に採用したシトロエンの思い切りの良さと共通するところがあります。次回はシュド・カラヴェルの登場です。ご期待ください。
 

フランス国鉄の高速列車

 投稿者:玄人  投稿日:2012年 1月22日(日)18時08分8秒
返信・引用
  管理人さま、みなさま、こんばんは。今回は鉄道の話です。フランスの鉄道と言えばTGVが有名ですが、1938年に6大鉄道会社を統合して設立されたフランス国有鉄道(SNCF)が鉄道技術の向上に力を注ぎ、フランスは世界の頂点に立つ鉄道技術大国となっています。フランス国有鉄道の解説をご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E5%9B%BD%E9%89%84

このフランス国鉄が、1955年3月28日にCC7107、翌29日はBB9004と、2種の電気機関車で331km/hの世界速度記録を達成しております。まず前年の1954年にCC7121が243km/hを出した時の記録映画です。
http://www.youtube.com/watch?v=iJu7Ct2rjtM&feature=related

翌年の世界速度記録の動画です。BB9004が3輌の客車を引いて達成しました。
http://www.youtube.com/watch?v=yAAVx-FSCNk
http://www.youtube.com/watch?v=3tGYENK-tGY

これらの速度記録は直流電化区間で達成されたものですが、商用周波数方式の交流電化技術が1936年にドイツ南部のヘレンタール線で試験されました。周波数は50ヘルツ、架線電圧は20,000ボルトです。戦後、ドイツの敗戦に伴い、この地を占領したフランスが技術を導入します。以前にも書きましたが、フランスは航空機の分野でもBMWの開発したジェットエンジン技術を導入し、新設したSNECMAで国産化しました。交流電化の解説は下をご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E6%B5%81%E9%9B%BB%E5%8C%96

現在、世界最速の列車として知られるTGVですが、当方の憶測であることをお断りして書かせていただきますが、1964年の東海道新幹線の開通がフランスを刺激したのではないかと。1954年にフランスが交流電気機関車を実用化しましたが、このうちのひとつであるBB12000型は三菱電機の技術者が視察に行ったそうです。それから10年もしないうちに営業運転で世界最速210km/hを実現した東海道新幹線が開通したことにドゴール大統領が衝撃を受け、負けず嫌いの彼は日本の新幹線を上回る列車の開発を指示したのではないかと想像しています。
http://fr.wikipedia.org/wiki/BB_12000
http://www.youtube.com/watch?v=PkCWcchWG84&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=PODFRkNenOU&feature=related

フランスのTGVは当初はガスタービンで発電して走る計画でしたが、1973年の石油危機で放棄され架線集電による交流電化方式に切り替えられました。このあたり、ロータリーエンジンで挫折したシトロエンと共通するところがあります。TGVは1974年に完成し、1976年にパリ-リヨン間の建設が開始されます。これにより1981年よりTGVは営業運転に漕ぎ着け、世界最速営業運転列車の座を日本から奪還しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/TGV
http://www.youtube.com/watch?v=QKn-vcXy49A&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=wfll-5h6Rg8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=EOdATLzRGHc&feature=related

これらの列車は日本と違い、機関車方式(動力集中方式)を採用しています。当方は、鉄道は機関車で貨車や客車を引くものだと昔から思っていますので、日本国内でも貨物列車の方が好きですし、よく撮影にも行きました。また日本の鉄道では自動連結器を採用していますが、あれは引き出し時の衝撃が大きいので、快適性でねじ式連結器に負けますね。解放・連結時の安全性や連結器の強度の面から日本では大正時代に自動連結器に一斉に取り替えられましたが、これが電車方式(動力分散方式)の普及に繋がった気がします。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E7%B5%90%E5%99%A8

それではフランス国鉄の貨物列車の動画をご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=zV4IkZTudwY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=BgDrqt6IVbc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=QGcO8iwWXAY&feature=related

BB9200の引く客車列車の動画はこちらです。
http://www.youtube.com/watch?v=WHLJkN3lX-4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=7VI7Ju0u16Q&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nrrtWoQXuNY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=-ggO2z0INg8&feature=related

いやぁ、おもしろくて止まりませんな。収拾がつかなくなりそうなので、今回はこれにて終了させていただきます。次回は飛行機の話ですが、いきなりコンコルドは登場しません。何を書くかお楽しみに。
 

豪華客船の世界

 投稿者:玄人  投稿日:2012年 1月15日(日)10時36分1秒
返信・引用 編集済
  管理人さま、みなさま、こんにちは。今回は前回に引き続いて豪華客船に関連した内容となります。1950年代に大型旅客機(ロッキード・コンステレーションやダグラスDC-6、DC-7など)が外国旅行の主役になって以来、豪華客船は船に乗ることを楽しむ「クルーズ」が中心になってきました。このクルーズが日本ではなかなか人気が出なかったのですが、やはりまとまった休暇が取れないと普及するのは難しいですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E5%AE%A2%E8%88%B9

このクルーズを題材にしたアメリカのテレビドラマが、The Love Boat です。内容の紹介と、オープニングテーマをyoutubeからご覧下さい。
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Love_Boat
http://www.youtube.com/watch?v=m_wFEB4Oxlo

この番組は多くの国々で放映され、良質の内容で人気がありました。1977年から1986年にかけてアメリカABC放送で製作され、実際のクルーズ客船を舞台に地中海やカリブ海などで撮影されたそうです。世界一周の途中で日本にも寄港しています。確か神戸港にやってきたと思います。1982年頃だったかな。これに合わせて日本テレビ放送網系列で深夜に放映されました。しかし全く人気が出ず、僅か1シーズンで打ち切られました。

外国のテレビドラマは多くの場合、深夜枠で放送を開始し、人気が出たらゴールデンタイムに移行する例が多かったのですが、日本では「刑事コロンボ」や「白バイ野郎ジョン・アンド・パンチ」のように警察を舞台にした作品が受けたようです。また日本では時代劇の影響からか、勧善懲悪ものが受ける傾向がありました。(最近はそうでもないようですが。)このラブ・ボートは船内におけるエピソードが3つ同時に進行するドラマでして、この展開が日本ではなじみが薄いことも人気の出なかった理由かと思われます。

このテーマ曲を歌っているのは、Jack Jonesです。彼についての説明はこちらです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA_(%E6%AD%8C%E6%89%8B)

ここでは、上品で華麗なエンターテイナーだと紹介されています。ホテルのディナーショーにぴったりのスターですが、豪華客船の毎晩のショーもこんな感じでした。観客は年配のご婦人が多いですね。あの世界にはまってしまうと、日常のあくせく仕事に追われる姿が哀れに見えてきます。戦後日本の欧米に追いつけ追い越せのキャッチアップ政策では、The Love Boatの華麗な世界が理解されないのも分かります。それではテーマ曲のフルバージョンをお楽しみください。
http://www.youtube.com/watch?v=Qksz72Xtpwc&feature=related

Jack Jonesはアメリカの高級車、クライスラー・ニューヨーカーのコマーシャルにも出演していました。同車の1977年型のテーマ曲を歌っています。
http://www.youtube.com/watch?v=Gpfgfu0mXaw&feature=related

1976年型のコマーシャルです。音量が小さく画像が不鮮明ですが、ご覧下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=ZTjXMrlaIk4&feature=related

こちらは大御所フランク・シナトラが出演する1981年型クライスラー・インペリアルのコマーシャルです。当時のクライスラーの経営危機を救うべく、ノーギャラで出演したとか。
http://www.youtube.com/watch?v=OV3BcbV7JUE&feature=related

日本でも戦前は豪華客船が国の威信をかけて建造され、浅間丸や龍田丸などが北米航路に投入されましたが、戦争で政府に接収され航空母艦に改装されたり、輸送船として使用されました。しかしほとんどが魚雷攻撃で撃沈され、世界に誇る日本の商船隊は壊滅。日本郵船の所有船舶は終戦時に僅か37隻しか残りませんでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E9%96%93%E4%B8%B8
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E7%94%B0%E4%B8%B8

太平洋戦争を生き抜いた貴重な客船、氷川丸の紹介です。現在、横浜港にて一般公開されています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7%E5%B7%9D%E4%B8%B8

戦後は貨物船の建造が優先され、誰もが働きアリのように一生懸命働いて経済大国になりましたが、その過程で船旅を楽しむ心の余裕も置いて来てしまったような気がします。次回は別の乗り物について取り上げます。フランスの威信をかけた乗り物シリーズの次回にご期待ください。
 

豪華客船の話

 投稿者:玄人  投稿日:2012年 1月 8日(日)13時07分20秒
返信・引用 編集済
  管理人さま、みなさま、こんにちは。シトロエンSMについての投稿が半分とまっているような状況ですが、実は継続しています。当方の方針として、自動車以外にも視点を広げて書くようにしていますので、時として自動車の話題が全く出てこない回もあります。今回がそうでして、退屈かも知れませんが少しお付き合いください。

シトロエンSMが卓越した性能と豪華さを誇る、シトロエンのみならずフランスを代表する自動車であることは言うまでもありませんが、では同時代のフランスの他の乗り物はどうであったかについて触れたいと思います。今回はフランスの誇る豪華客船「フランス号」です。いつもどおりウィキペディアから引用します。この項目ですが、日本語版がありません。なのでフランス語版を使用します。
http://fr.wikipedia.org/wiki/France_(paquebot)

1950年代にロッキード・コンステレーションやダグラスDC-6、DC-7が世界の空を席巻した頃から、外国への旅行は飛行機が普通になりました。しかしそれまでは、外国への旅行と言えば客船でした。より大きく、より早く、より豪華になるよう各国の海運会社は覇を競いました。それは会社のみならず、国の威信にかけての競争でした。中でも北大西洋航路には世界屈指の豪華客船が次々と投入され、ブルーリボン賞の獲得競争が行なわれていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%83%B3%E8%B3%9E_(%E8%88%B9%E8%88%B6)

最高潮に達したのは1930年代のフランスのノルマンディー号と、イギリスのクイーンメリー号のブルーリボン号をめぐる戦いでした。まずノルマンディー号についての説明です。1935年に竣工し、総トン数83,423トン。全長313.8メートルの巨大さで、「洋上の宮殿」と呼ばれました。フランスがドイツに占領された時、当船はニューヨークにいましたが、アメリカに接取され兵員輸送船に改装されることとなりました。その工事中に炎上、沈没した悲運の船です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC_(%E5%AE%A2%E8%88%B9)
http://www.youtube.com/watch?v=LeF4HXCq5z0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=vXa-07iO8KQ&feature=related

対するイギリスのクイーンメリー号は、1936年に竣工し、総トン数81,237トン。全長310.7メートルです。何より船名が美しいですな。これ、聞いただけでお気に入りになってしまいました。戦時中は兵員輸送船として活躍。1967年に引退し、現在はカリフォルニア州ロングビーチで保存されています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%BC_(%E5%AE%A2%E8%88%B9)
http://www.youtube.com/watch?v=eYA_MhNfjf8
http://www.youtube.com/watch?v=Xvpsg_rY_jk&feature=related

戦後、アメリカがユナイテッド・ステーツ号を1952年に竣工させました。総トン数53,329トンで、全長301.8メートルです。当初から戦訓に基づき、戦争での徴用を念頭に置いた設計がなされており、蒸気ボイラー8基から22万馬力を発生しました。これにより38.3ノット(約70.93km/h)の速力を出し、見事ブルーリボン賞を獲得しました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%84_(%E5%AE%A2%E8%88%B9)
http://www.youtube.com/watch?v=HWOf2gd1-F8&feature=related

1960年5月11日にドゴール大統領も参列して進水式が行なわれた豪華客船フランス号は、総トン数66,348トン。全長315.66メートル。8基の蒸気ボイラーの総出力は16万馬力で、最高速力は31ノットに達しました。豪華客船ノルマンディー号の再来と言える本船は、戦後フランスの復興の象徴となりました。進水式では感極まったドゴール大統領が「フランス万歳」と叫んだそうです。この頃、フランスではシトロエンのレンヌ工場建設や、ミラージュⅣ爆撃機の初飛行など、国を挙げての大躍進が始まっていました。
http://www.youtube.com/watch?v=60-mNldqbc8&feature=related

この豪華客船フランス号は、戦前のヴォワザンや戦後のパナールと同じくアルミニウムを多用し、上部構造はほとんどそうでした。これにより重心を下げて安定性を増しています。また空力特性を重視した設計を取り入れており、煤煙がうまく後方に流れるようにしてありました。フランスの自動車の特質が豪華客船にも反映されていたことは、実に興味深いです。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:SS_France_Hong_Kong_74.jpg

最初の大西洋横断は1962年2月3日にファーストクラス580名、ツーリストクラス1,226名の合計1,806名の乗客を乗せてルアーブルを出港。5日後の2月8日にニューヨークに到着しました。アメリカでは空前の大歓迎でした。豪華客船フランス号は、外国旅行の手段が飛行機中心になる中で、北大西洋航路からクルーズに収益の中心を移しつつ運用されてきました。しかし、1971年のドルショックで乗客の大多数を占めるアメリカ人乗客の支払うドルの価値が低下。採算が合わなくなります。更に1973年の石油危機が止めを刺しました。ディーゼルエンジンによって発電した電気でスクリューを回す電気推進船と違い、蒸気ボイラーでタービンを回す構造のため、燃費が悪いのですな。更に船体のサイズが大きいことから、パナマ運河やスエズ運河は通過不能でした。
http://www.youtube.com/watch?v=5ODD7t6bmVw&feature=related

1974年4月2日、ポンピドー大統領がなくなりました。同時期にシトロエンは倒産し、これにきりきり舞いになっていると言うのに、これとは別に豪華客船フランス号の存続を巡って地元と労働組合が廃船反対運動を展開します。1974年9月11日に乗客を乗せルアーブルを出港した豪華客船フランス号は、乗務員の廃船反対ストライキに突入します。解決のためにジャック・シラク首相(後の大統領)が交渉に当たりました。
http://www.youtube.com/watch?v=YEUGNh1XWYY&feature=related

1974年10月9日、豪華客船フランス号は5日前に紛争解決で合意し、ルアーブル港に戻ってきました。同船は係船となりますが、これらの経緯がプジョー傘下に入ったシトロエンでのSM生産停止の決定と同時期に行なわれたことに注目してください。まったく関係がないとは言えないでしょう。フランス戦後の「奇跡の15年」は終焉を迎えていたのです。
http://www.youtube.com/watch?v=6gDlrVFcgk4&feature=related

豪華客船フランス号は4年間係留されますが、1979年にノルウェーの船会社が購入し、クルーズ客船に改装されます。費用を抑制するため、ディーゼルエンジンへの換装は一切なされず、8基の蒸気ボイラーは4基に減らされます。これにより最高速力は18ノットに低下しました。同船はカリブ海へのクルーズを中心に運用されたようですが、2003年5月25日に蒸気ボイラーの1基が爆発。船員8名が死亡しました。これにより廃船となりましたが、当初予定していたバングラデシュでの解体はアスベスト規制のため裁判所の許可が下りず、2008年にインドで行なわれました。
http://www.youtube.com/watch?v=qpWmmPjPqiU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=vc1q5SVh61E&feature=related

以上、フランスの誇る豪華客船フランス号について簡単に紹介しましたが、当時のシトロエンのピエール・ベルコ社長が親友のドゴール大統領から、他国に負けない乗用車を出すようにハッパをかけられていたと思うのは当方だけではありますまい。では次回をお楽しみに。
 

謹賀新年

 投稿者:玄人  投稿日:2012年 1月 2日(月)10時41分54秒
返信・引用 編集済
  管理人さま、みなさま、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

この年末は大晦日まで仕事。元旦は午後から某大社へ初詣に行きました。某ミニバンに便乗して出かけたのですが、誰も彼もが自動車で行くので道路は大渋滞。こんな時、カーナビは役に立ちますね。と言うより、今では大抵の自動車につけてあります。こちらの掲示板では1960年代を中心とした内容を投稿していますが、改めて時代の変化を思い知らされた一日でした。事故車の後継車ですが、やはり時代に追いつくべくカーナビや地デジを搭載しました。(家族の意向が強いためです。)

パナールの虎さんの話、どうもありがとうございます。関西では「阪神タイガース」で虎の好きな人が多いですが、今もパナールが乗用車を生産していたら意外な方面から人気が出たかも知れませんね。いつものcitron-paperから、当時のカタログをリンクします。
http://www.citronpaper.it/
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/cartelle/196110ampl17F.htm
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/196110amPL17F/07.jpg

これは1961年11月のフランス国内向けのカタログですが、同年のモンテカルロ・ラリーで優勝したとか、モータースポーツで活躍する同車について紹介してあります。一番下は、強そうな虎のイラストが描かれています。この頃まではカタログにイラストが多用されていました。ここからカラー写真を中心としたものに替わっていきますが、社会の風潮として「戦後からの脱却」が急速に進みつつありました。高度経済成長は、1965年12月のシトロエン総合カタログに顕著に反映されていました。
http://www.citronpaper.it/Gammadepli/Depliant/196512gammeF.htm
http://www.citronpaper.it/Gammadepli/Cartelle/196512gammeF/02.jpg

1958年に246,303台だった生産台数は1965年には497,509台まで増加し、生産台数は7年間に何と2倍になりました。空前の黄金時代だったと言えるでしょう。同じ1965年12月のイギリス向けカタログには、アミ6を生産するヨーロッパ最新鋭のレンヌ工場の写真が掲載されています。
http://www.citronpaper.it/Gammadepli/Depliant/196512rangeGB.htm
http://www.citronpaper.it/Gammadepli/Cartelle/196512gammaGB/3.jpg

話はパナールに戻しますが、同社は創業者ルネ・パナール氏とエミール・ルバッソール氏のイニシアルPとLを組み合わせたマークを製品につけていました。PL17のカタログにも掲載されています。
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1963%20-64%2017%20F/1963-6417F.htm
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1963%20-64%2017%20F/03.JPG
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1963%20-64%2017%20F/04.JPG
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1963%20-64%2017%20F/05.JPG
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1963%20-64%2017%20F/06.JPG

大阪にはPL教団があって高校野球でも強いことで知られていますが、もしパナールが乗用車をこのままつくり続けていたら、虎であることも含めて関西で大ブレークしていたかも知れません。歴史にifはないと言うものの、ひょっとしたら…と思ってしまいました。では次回もよろしくお願いします。
 

 投稿者:管理人  投稿日:2011年12月27日(火)20時00分41秒
返信・引用
  玄人さん
いつも登校ありがとうございます。
あまり細かいことを 指摘するのがこのBBSの考えではないのですが
パナールのエンジンで ティグルエンジンという表記があるのですが
綴りは tigre なので フランス語では 発音的にはティーガ
意味は虎を表します。PL17にもこのティーガというグレードが
あります。
古今東西的に大型の肉食獣は強さの象徴ですので 当時の
シトロエングループとしてはライオン使えないので
虎なんでしょうね。(今はまああれですが)
 

Panhard 24の続き

 投稿者:玄人  投稿日:2011年12月25日(日)12時52分4秒
返信・引用
  管理人さま、みなさま、こんにちは。シトロエンSMの話をする筈のところ、パナール24について触れておく必要がありますので、少し書かせていただきます。この車種はホイールベースの違いでシリーズを形成しており、2,350mmの24Cと2,550mmの24Bがありました。高性能ティグルエンジンを搭載した車種は、それぞれ24CT、24BTと呼ばれました。簡単な概要は、ウィキペディアの日本語版で見られます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB24

詳しい説明はフランス語版を翻訳して見ることをお奨めします。まず車種別の生産台数ですが、次のようになっています。

24CT  14,181台  24BT   10,649台
24C    1,623台  24B     2,037台
                  24BA      161台

これを見ると高性能車種が売れています。当然、高価格でありますが、24BTが1965年当時のフランス国内価格(各種税金含まず)が11,900フランなのに対して24Bは10,700フランで、価格差が少なかったことも要因でしょう。ちなみに24CTは12,000フランでした。ちなみにシトロエンID19ベルリン・コンフォールは11,990フランでした。これではシトロエンに顧客は向かって当然でしょう。その証拠に、生産台数は減少する一方でした。

1964年 10,091台
1965年 10,880台
1966年  5,224台
1967年  2,456台 註 この年の7月20日をもってシリーズ全体の生産を終了しました。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Panhard_24

パナール首脳陣はシトロエンに対し、24シリーズの販売挽回のために4ドアやブレークの追加を要望したそうですが、これのためには生産設備への多額の投資を行なわねばならず、低価格車種の追加が認められただけでした。これで登場したのが1965年に追加された24BAです。
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1966%2001%20pan24%20F/20.JPG
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1966%2001%20pan24%20F/21.JPG

この低価格車種24BAは僅か161台が生産されただけでした。予想外の事態に首脳陣は真っ青。パナールは乗用車から撤退し軍用車に注力しますが、日本でも日野自動車やいすゞ自動車が乗用車から撤退して商用車の生産に注力するようになりましたし、自動車業界の競争は激化していくばかりでした。

しかし世界最古の自動車メーカーであるパナール・ルバッソール社の乗用車分野への復帰計画は、たびたび持ち上がっては消えたようです。シトロエンSMの開発過程でも、パナール24CTのボディを載せた高性能車がテストに用いられていました。
http://www.citroen-ds-id.com/ds/DS_Cit_Panhard_Proto.html
http://www.youtube.com/watch?v=-fXfub5yD4E

さて当方ですが、年内は忙しいので次回は来年とさせていただきます。みなさま、よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いします。
 

Panhard 24CT

 投稿者:玄人  投稿日:2011年12月17日(土)12時36分3秒
返信・引用
  管理人さま、みなさま、こんにちは。状況が少し落ち着きましたので、連載を再開します。パナール24CTについてです。こちらについては、citron-paperのカタログから紹介しましょう。1965年のフランス語版のカタログの表紙です。
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1965%20am%2024ct%20F/01.JPG

今の世代は受け止め方も違うでしょうが、高級車と言うとパンパーやドアサッシなどクロームメッキの部分が増えまして、これはシトロエンDSとIDにも明確に違いが見受けられます。防眩性を重視するようになって高級車でも光る部分がなくなりましたが、あまり否定するのもどうかと思います。続いて車内の写真です。
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1965%20am%2024ct%20F/03.JPG

シートのリクライニングの部分が高級な仕上げです。パナールの最高級車ですので、買った喜びが感じられるようになっているようです。自動車を購入した喜びとか感動とか、昔の方が大きかったように思いますが、戦後の経済成長の時期とは人々の考え方も違うのでしょう。続いて高速道路の上から撮影した写真です。
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1965%20am%2024ct%20F/05.JPG

この当時、世界各国は日本に限らず経済大国を目指していました。かつての軍備の拡充より、高速道路の距離とか高速鉄道の建設とか、いわゆる社会インフラの拡充を国力のバロメーターとするようになりました。フランスも本格的な高速道路時代を迎え、848ccでありながら60馬力を発揮する高性能エンジンは、同車の強力なセールスポイントになっていました。
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1965%20am%2024ct%20F/11.JPG

1965年にシトロエン社がパナール社を完全支配下に組み込みましたが、その時に4輪ブレーキをドラムからディスクに格上げしました。やはりブレーキの効きが不足していたそうで、一挙に解決を図ったようです。当時のシトロエンDS/IDでも後輪はドラムでしたから、これは破格の取り扱いではなかったかと思います。続いてメーター周りの写真です。
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1965%20am%2024ct%20F/08.JPG
http://www.citronpaper.it/Panhardepli/depli/1965%20am%2024ct%20F/09.JPG

ここはシトロエンと明確に違うところです。やはり他社の支配下に入っても、独自性を主張しなくてはいけないと考えていたのでしょう。エンジン回転計がついていますが、当時のシトロエンDS21でもついていませんでした。アンリ・シャプロンなど特別注文の車種にはついていましたが、シトロエンも顧客の要望にこたえて1969年秋からインパネを一新してDスペシャルでもエンジン回転計つきになりました。翌年登場のGSにも搭載されていましたが、一転して搭載したのは他社との競合からでしょう。
http://www.citronpaper.it/DSDepliant/70/196908DGammaF/2.jpg
http://www.citronpaper.it/GSdepliant/Cartelle/1970%2010%20GS%20F/14.JPG

それでは同社の栄光の歴史をyoutubeから見てみましょう。まず1895年にパリ~ボルドー間を走った自動車です。
http://www.youtube.com/watch?v=5hTslhCP4Jg&feature=related

1908年ACFグランプリレースに出たレーシングカーです。
http://www.youtube.com/watch?v=JBDunOxO8IY&feature=related

1925年のPanhard Levassor X46です。
http://www.youtube.com/watch?v=M0F7Bd1xc-Y&feature=related

1934年と1936年のPanhard Levassor 6CS Panoramiquesです。後ろから追いかけていますが、ナイト式ダブルスリーブバルブエンジンなので、エンジンオイルを含んだ青い煙が出ています。
http://www.youtube.com/watch?v=uM0H5WrK5iI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=uAFUKv9YbwI&feature=related

1955年のパナールEBRです。
http://www.youtube.com/watch?v=F4aXdDNLgUY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=ax2UvSRy_vc&feature=related

パナールERC-90です。同社の軍用車は水平対向4気筒1,700ccガソリンエンジンを採用していましたが、1960年代後半に1,990ccに拡大。シトロエンがプジョー傘下に入ると、有名なPRVのV6ガソリンエンジンになります。現在はドイツのMTUのディーゼルエンジンを採用しているそうです。
http://www.youtube.com/watch?v=KFsw_xgLkwM&feature=fvwrel

国連平和維持軍で活躍するパナール軍用車のプロモーションビデオです。
http://www.youtube.com/watch?v=K0GioaWhTjQ&feature=relmfu

当方が軍事マニアであることがばれましたか。次回は話を元に戻します。
 

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