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近況です

 投稿者:玄人  投稿日:2011年12月10日(土)21時59分56秒
返信・引用 編集済
  管理人さま、みなさま、こんばんは。最近、ご無沙汰しておりますが、今月の頭に身内が運転中に交通事故に巻き込まれて大変な状況でして、書き込むところまでいかない状況です。年内は忙しいので、年明けにどこまで解決に持っていけるかです。横から突っ込まれて車体は全損。運転席側(右側)の変形が著しく、ドアが開かない状態でした。

地方なので過疎化と高齢化が進み、高齢者が運転する軽自動車が多いのですが、これが怖い。年金生活なので、任意保険に入っていない場合があります。これが交差点で一旦停止せず突っ込んできたから、たまったものではありません。この手の高齢者の運転は危険で、周囲でもぶつけられた話は聞きますし、警察に届出していない接触事故は以前より多発しているように思います。

また年金生活者になると所得が激減することから整備費用が出せず、自動車の不都合をだましだまし乗るケースも多く、自動車の整備不良も多いですね。オイルなんて交換すると費用がかかるから、やっていない人が多いみたい。当方が面倒を見てもらっている整備工場の主人も、安全のために勝手に部品を交換すると怒られるケースが多いと言っていました。ここまで社会が劣化しているのかと、安閑たる思いになります。

こちらの掲示板を読まれている各氏も、交通事故には充分に注意してください。事故を起こして痴呆症が発覚し、運転免許を返上するケースがあるそうです。前回の免許更新の時には健康だったものの、急に病気になるケースもありますね。地方なので交通機関が乏しく、鉄道は本数が減らされ、バスも路線の整理で陸の孤島が増えつつあります。若い者は転勤で後を継がずに出て行ってしまい、高齢者だけで生活しなければなりません。買い物や通院に自動車は欠かせませんから、運転免許証の返上は生存に関わります。

当方の投稿は、どうも暗いというか深刻な内容が多いのですが、何とかしなくてはと思うもののうまくいかず、地方の未来は暗いですね。今回はこの辺で失礼します。
 
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2011年11月28日(月)06時36分36秒
返信・引用
  まあまあ 各国によって呼び名が多少異なるのはしかたないことで
パンアールに関しては フランス語のRの発音はうがいをするような
音ですから パンアールとしても フランス語圏で
そのままのカタカナ読みでは・・・・・
ルノージャポンのフランス語圏の人は日本ではちゃんと
ルノーってカタカナ読みしているのはちょっと関心しますけど。
 

戦後のPanhardの歩み

 投稿者:玄人  投稿日:2011年11月27日(日)11時14分59秒
返信・引用 編集済
  管理人さま、みなさま、こんにちは。今回はシトロエンSMの連載の続きですが、当方としては自動車雑誌では取り上げない記事を目指す傾向ですので、どうぞ、ご了承ください。その時代の背景とか、時代の雰囲気を大切にしたいと思います。ここを読めば、タイムマシンに乗ってその時代にいけるような。(爆)

シトロエンが相次ぐ同業他社の買収で巨大化し総合自動車メーカーとなって、持株会社Citroen S.A.の傘下に各事業会社(シトロエン、パンアール、ベルリエ、マセラティ)が所属する経営形態になりましたが、これによりグループ全体では小型車2CVから、大型商用車ベルリエTRH350まで膨大な車種を抱えることとなりました。
http://www.youtube.com/watch?v=Ijhfcv2K6hs&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=A5tfRl7fK9Q&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=5rpI4yKLW2Q&feature=related

問題は、グループ内での位置づけです。高性能車ならイタリアのマセラティがある訳ですし、何が違うのか動機付けが必要です。マセラティが後輪駆動車なら、シトロエンSMは前輪駆動車。シトロエンの代名詞である前輪駆動で、世界一の性能を目指す必要がありました。特に、前輪駆動車をつくったこともないGMに先を越されたとあっては、フランスの栄光も色あせてしまいます。シトロエンSMは、ドゴール大統領の信条「フランスの栄光」を自動車で実現したものと言えそうです。これは航空機のコンコルド、鉄道のTGVと同じ位置づけがされる乗り物だと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%89
http://ja.wikipedia.org/wiki/TGV

さて、ここでパンアールの話題です。同社については、カーグラフィックが長年パナールと紹介してきたこともあって、今でも日本ではパナールと表記されています。ウィキペディアにも、パナールと書かれています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AB

しかしSMCJ会長殿がパンアールと紹介され、パナールは誤りだと書かれていますので、当方もパンアールで表記を統一しています。するとジャガーはジャギュワとか、フォルクスワーゲンはフォルクスバーゲンで書くように突込みがありそうですが、フォルクスワーゲンの表記は、輸入元のヤナセが「バーゲンセール」を連想させて安物に受け取られかねないから難色を示したとか推測されています。このヤナセがメルセデスのことをベンツなどと書くものだから、世界中でメルセデス車をベンツなどと呼んでいるのは日本だけと言う、ガラパゴス現象を起こしています。創業者の写真が掲載されているフランス語版をご覧ください。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Mercedes-Benz

当方はフェラーリとかメルセデスは嫌いな車種ですが。何で日本の金持ちは、判で押したように成金趣味の自動車に乗るのか。そうしたら経済急成長の中国でも同じような傾向にあるようで、これでは面白みがありません。何かパンアールを書くつもりが脱線気味ですが、同社が乗用車から撤退したのも、原因がここにあるのかと思ったからです。金持ちは見ただけでリッチな自動車を好みますから、戦後に小型車に転換したパンアールが苦戦したのも分かる気がします。

パンアールが戦前の大型高級車から戦後、小型車に転じたのは戦後のフランス第四共和政に理由がありました。1944年6月にドゴール将軍が設立したフランス共和国臨時政府はパリ解放で祖国を奪還します。初代国家元首のドゴール将軍は、議会が政党間の争いに明け暮れる中、嫌気をさして突然辞任します。第四共和政が1947年に発足しますが、当時の議会の多数派を占めていたのが社会党でした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%85%9A_(SFIO)

ポール・マリエ・ポン氏が社会党系の雑誌に寄稿していた内容にフランスの自動車産業というのがあり、多数のメーカーが乱立して生産車種が多い現状では大量生産で低価格販売を可能とするアメリカ系欧州メーカーと対抗できない。メーカーの整理統合を行ない、量産車に車種を集中させるべきだと提言がなされ、これに従って社会党政権はフランスの自動車メーカーの整理統合を行いました。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Paul-Marie_Pons#Le_.C2.AB_Plan_Pons_.C2.BB

1947年にスタートした自動車業界再編5ヵ年計画は既存のメーカーにとって、生き残りをかけた重要な時期でした。国営となったルノー公団。最大手のシトロエン。名門のパンアールと、各社が相次いで2~5CVクラスの小型車を相次いで出した時期と重なっています。プジョーは戦前のシャーシに新しいボディを乗せた203で、この時期を乗り切りました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%BB203

パンアールは小型車ディナXを1947年~1954年に生産しました。しかし価格が高く、総生産台数は47,049台に留まりました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8AX
http://fr.wikipedia.org/wiki/Panhard_Dyna_X

パンアールは、この不振を打開するため、究極の乗用車(車名はディナZ)を開発します。主な特徴として、車体を大型化(全長4,577mm 全幅1,668mm)して6人乗り。空気抵抗を減らしてエンジンを含む車体をオールアルミニウム化して軽量化(710kg)。空冷水平対向2気筒851ccエンジンで最高速度130km/hを出し、しかも燃費は100km走行あたり6リットルのガソリンしか消費しないと言う、驚異的な自動車でした。日本流に置き換えると、トヨタ・クラウンの車体を軽自動車のエンジンで走らせると言う、自動車技術の究極を実現した超先進的な自動車です。エンジンを含む車体すべてがアルミニウムと言うのは、アウディ A 8より40年も先んじていたことになります。シトロエンと並んで未来の自動車を実現したパンアールでしたが、高価格が足を引っ張り、1954年~1959年に28,651台しか生産できませんでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8AZ
http://fr.wikipedia.org/wiki/Panhard_Dyna_Z

苦境に陥ったパンアールは、シトロエンに救済を求めました。シトロエンより2CVフルゴネットの受託生産を1955年に開始しましたが、主力車種ディナZはコストダウンのために年々鉄板の使用比率を高めていきました。これにより車重は増加しました。パンアール車をシトロエンの車種体系に組み込むべく、2CV4とID19の間を埋める4ドアベルリンとして、全鋼板ボディを採用し価格競争力を持たせたPL17を開発させました。こちらは1959年~1965年に13万台が生産されたと資料には書かれています。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Panhard_PL_17

ざっと飛びましたが、これらの車種についてはいずれ詳しく取り上げます。次回は後継車種で、シトロエンSMに通じるところのあるパンアール24CTについて取り上げます。どうぞ、お楽しみに。
 

突然ですが、22CVの動画です。

 投稿者:玄人  投稿日:2011年11月20日(日)23時49分49秒
返信・引用
  寝る前にyoutubeを検索していたら、まさか幻のトラクシォン・アヴァンと呼ばれる22CVの動画を発見するとは。こちらを見てください。これ本物でしょうか ?
http://www.youtube.com/watch?v=qs4TAZBd3C0&feature=related

こちらも貴重な15CV-Six Hの動画です。後輪だけ浮上するのがよく分かります。
http://www.youtube.com/watch?v=8NPJgzIl6lc&feature=related

とてもきれいな15CV-Sixです。6シリンダーの文字が誇らしげです。
http://www.youtube.com/watch?v=aoI0xW-kvVE&feature=related

ドゴール将軍の15CV-Sixです。
http://www.youtube.com/watch?v=o1c8RIbk71U&feature=related

2006年にモロッコの砂漠を走った11CVの大群の動画です。現在の自動車と互角に走れます。見るだけで感激ものの動画です。
http://www.youtube.com/watch?v=3REqcylQev8&feature=related

シトロエンDS/IDの開発に携わった方々の動画です。それとパリ工場の様子。天井が高くて採光を考慮した建築構造がよいですね。
http://www.youtube.com/watch?v=uk1WY4_tQ8M&feature=related

マセラティV6エンジンを搭載した、シトロエンDS Coupé V6の動画です。
http://www.youtube.com/watch?v=03dZxOlmnBc&feature=related

雪が降って雪だるま状態になったシトロエンD-Special(北米仕様車)です。
http://www.youtube.com/watch?v=dPYAw5IiVgw&feature=related

雪が降りすぎて動けません。
http://www.youtube.com/watch?v=Lvzcadd9Vrc&feature=related

あまりにきれいなDSなので紹介します。ドイツにあるそうです。
http://www.youtube.com/watch?v=IBwUn1sobDc&feature=related

また次回をお楽しみに。
 

Giorgetto Giugiaro

 投稿者:玄人  投稿日:2011年11月20日(日)12時52分50秒
返信・引用 編集済
  管理人さま、みなさま、こんにちは。今回は前回のフラミニオ・ベルトーニ氏に続き、自動車をはじめとするインダストリアル・デザイナーのジョルジェット・ジュジャーロ氏について少しだけ書きます。日本では一般的にジウジアーロと表記されますが、当方は原音に近いジュジャーロの表記を採用しますので、ご理解ください。彼の解説は下のリンクからご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AD

彼は「自動車の世紀」と呼ばれた20世紀の最も著名な自動車デザイナーで、歴史に残る人物だと思います。今や巨匠ですが、彼が尊敬するデザイナーがベルトーニ氏だとか。それで何となく彼の作品にはシトロエンの影響が見受けられます。当方が長年、謎に思っていた事柄ですが、ジュジャーロ氏の作品の「いすゞ117クーペ」がシトロエンに似ている部分がある件についてです。いすゞ117クーペの解説は下のリンクをご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%84%E3%81%99%E3%82%9E%E3%83%BB117%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%9A

似ているところの写真をリンクします。
http://www.citroen-sm.org/static/image4.jpg
http://pl.wikipedia.org/w/index.php?title=Plik:Isuzu-117Coupe.jpg&filetimestamp=20100710075753

昔から両車のドアサッシの形状がそっくりだと思っていましたが、ジュジャーロ氏はベルトーネ社在籍時代(1960年~1965年)にシトロエン社からの要請でSMのデザインに助言しているようです。当方はギア社時代(1965年~1968年)ではないかと見ておりますが、真相はいかに ?

いすゞ117クーペがシトロエンDS/IDに似ている部分は、後姿にもありました。
http://pl.wikipedia.org/w/index.php?title=Plik:Isuzu-117Couperear.jpg&filetimestamp=20100710080432

トランク部分がすらっと後ろ下がりになっているところなど、シトロエンDS/IDの影響を受けていると思います。それからリアガラスと屋根の部分の境目が何か似ているような。この部分は空力特性を考慮して設けられているそうです。ジュジャーロ氏はベルトーニ氏の作品から多くを学んでいると思われます。

ドアサッシの部分ですが、こちらもジュジャーロ氏の作品であるマツダ・ルーチェ(初代)もそっくりです。ただしベルトーネ時代ですので、こちらが先ですが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Mazda-LUCE-1st-generation01.JPG

いすゞ117クーペはなぜか当方と縁が深く、所有したことはありませんがよく乗る機会がありました。スペアタイヤが後ろのトランクルームを占領していたことを覚えています。シトロエンSMも同じですね。後輪が固定軸の板ばねでしたが、乗り心地は普通でした。登場した当初は高級車として認識されていましたが、1970年代にトヨタや日産の直列6気筒エンジン車が高級車として普及したため、117クーペは不利になったのも事実です。

いすゞ117クーペは1977年12月に大規模なマイナーチェンジを行ない、これまでの丸型4灯式ヘッドランプが角型4灯式に変更されますが、これの背景には新たなライバルの追撃に対抗する必要があったためです。三菱自動車の社長に航空機技術者出身の久保富夫氏が就任され、「美しいものは性能がいい」信条の下に、空力特性の優れたスマートな自動車を次々と出しました。中でも1976年11月に登場したギャラン・ラムダが、いすゞ117クーペの強力なライバルとなり、角型ヘッドランプが新鮮に映ったものでした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%8F%B1%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%83%B3%CE%9B

日本国内仕様はシトロエンに倣って1本ステアリングホイールが採用されました。輸出用には採用されていません。高級版には本革シートのオプションや、6スピーカーを採用し、4気筒エンジン搭載車ながら、明らかに高級車を目指していたことも事実です。
http://www.youtube.com/watch?v=NCJ5FA4GGpk&feature=related

同車はアメリカでもクライスラー販売網を通じて販売されました。
http://www.youtube.com/watch?v=L50Z96o6YpM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=1CD5cZrBXoE&feature=related

いすゞ117クーペは現在もファンが多く、同車のオーナーズクラブは活発な活動をしております。いすゞ自動車が乗用車の生産から撤退し将来的には補充部品の供給に支障が出てくるかも知れませんが、こちらの面の解決にも取り組んでいるそうです。勝手に紹介して申し訳ありませんが、下にリンクさせていただきます。
http://www.117oc.com/

では次回もお楽しみに。
 

Flaminio Bertoni

 投稿者:玄人  投稿日:2011年11月12日(土)11時23分11秒
返信・引用 編集済
  管理人さま、みなさま、こんにちは。今回からシトロエンSMの連載を再開します。歴史に残る名車を生み出した天才技術者アンドレ・ルフェーブル氏やポール・マージェ氏について以前に投稿しましたが、天才芸術家のフラミニオ・ベルトーニ氏についてまだ書いていませんでした。シトロエンSM開発過程の初期まで関与した彼の功績について、今回書かせていただきます。

フラミニオ・ベルトーニ氏については、かつてカーグラフィック編集部員で現在はイタリア在住の大矢アキオ氏が第一人者とされています。彼はNHK第一放送のラジオ深夜便で、00:20頃から放送されるワールドネットワークで2週間おきに登場されますので、興味のある向きは聴いてみてください。当方はラジオをよく聴きますので、彼の放送日を楽しみにしています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%9F%A2%E3%82%A2%E3%82%AD%E3%82%AA

彼のリポートのYoutubeもありますので、見てください。
http://www.youtube.com/watch?v=Vi9ienXxTpA
http://www.youtube.com/watch?v=IKPHUBwxEMQ&feature=relmfu

大矢アキオ氏はフラミニオ・ベルトーニ氏のご子息のレオナルド氏と親交があるそうです。父の作品の展覧会で知り合ったそうです。下のサイトをご覧ください。
http://expo-bertoni.com/
http://www.youtube.com/watch?v=ZkhsX-O5BeI&feature=player_embedded

大矢アキオ氏のweb CGのエッセイから、フラミニオ・ベルトーニ氏の記事をリンクします。
http://www.webcg.net/WEBCG/essays/makkina/e0000019869.html
http://www.webcg.net/WEBCG/essays/makkina/e0000019869.html?pg=2

歴史的に見て、20世紀のイタリア自動車のみならず工業製品全体のデザインが世界的に与えた影響は極めて大きく、15世紀のルネサンスに匹敵するものだと当方は思います。ベルトーニ氏やジュジャーロ氏は、あのミケランジェロ氏やレオナルド・ダ・ヴィンチ氏に相当するのではないでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%B9

Les DS itから、ベルトーニ氏に関する解説をリンクします。
http://www.lesds.it/pagine_htm/i_padri/Bertoni.htm

ウィキペディアの彼の記事では、オランダ語のものが充実していると思います。簡単に編集して、まとめてみました。

フラミニオ・ベルトーニ氏はヴァレーゼに近いマスナゴに1903年1月10日生まれました。イタリアの自動車デザイナー、彫刻家や建築家で、特にシトロエンのトラクション・アヴァンや2CV、ID/DSで知られています。

1918年に彼の父親が亡くなり、14歳にして社会に出なくてはなりませんでした。彼は最初に仕事をした地元のコーチビルダー、カロッツェリア・マッキで働きました。板金加工に従事していましたが、彼の才能を見抜いた雇用主は、地元の美術学校で勉強できるように特別な配慮をしてくれました。

1923年、フランス人技術者の一団がイタリアを訪問し、彼をスカウトしました。彼はフランスで働き、1925年にシトロエンのデザイン部門に入社します。しかし彼は故郷が忘れられず、イタリアのヴァレーゼに戻りました。そしてマッキ社に復職しました。

1929年に彼は自らのデザインを手掛ける会社を設立し、他社から自動車のデザインを受注しました。彼はまた描画や彫刻を続け、1930年にヴァレーゼ、ローマとミラノでの展覧会に参加しました。1931年にベルトーニ氏は再びフランスに行きますが、ここで恋愛して結婚。母から猛反対されたそうです。1932年にシトロエンに入社しますが、その直前に長男レオナルド氏が誕生。二玄社刊「シトロエン革新への挑戦」の104ページに掲載された写真は、この頃に撮影されたそうです。

シトロエンではトラクション・アヴァンの粘土モデルを一夜で完成させ、機械部分はアンドレ・ルフェーブル氏が開発しました。続いて1935年より 2CVになるべき自動車TPVのデザインを開始。この自動車は1939年のパリ・サロンで発表する予定でした。第二次世界大戦の開始により計画は延期されますが、彼の祖国イタリアが枢軸国側についたため、フランスの敵国となり彼は逮捕されます。

その直後にドイツ軍のパリ侵攻で、彼は釈放されます。その後、BMWのバイクを運転中にドイツ軍の装甲車と衝突し、1年以上の入院で左足を6回手術し長さが3cm短くなってしまいました。しかし彼は入院の時間を建築の勉強に費やし、自らの逆風にも負けなかったそうです。

彼は戦争中に多くの肖像画を描き、アーキテクチャの研究を始めました。1943年、スカラ座のプリマドンナと恋に落ち、1947年に再婚。レオナルド氏は、母を裏切った父を許せなかったそうです。その後、ベルトーニ氏は1944年のパリ解放の時にイタリア国籍であったことから対敵協力の疑いで逮捕されますが、僅か3日後に釈放されます。彼の運命も国際政治によって揺さぶられました。

2CVは1948年にパリ・サロンで公開されました。 ベルトーニ氏は、1949年に彼の研究のアーキテクチャを完成させました。彼は彫刻、絵画のみならず建築にも進出し、パリと、パリの郊外にいくつものプロジェクトを設計しました。同年、次男のセルジオ氏が誕生しました。

1955年に、DS19はパリ・サロンで発表されました。また彼は1956年にプレハブ建築システムの特許を取得しました。そのあとC60をデザインし、有名なアミ6を手掛けますが、商用車も彼の死後に350/600シリーズが登場しました。1957年にはミラノのトリエンナーレで、タイヤのないDSのオブジェを出品し、金賞を受賞しました。彼は幾多の美術展覧会で、数多くの受賞に輝いています。

1964年2月7日にシトロエンの経営会議中に社長と口論になり、脳溢血であっけなくこの世を去りました。しかしアンドレ・ルフェーブル氏もそうでしたが、シトロエンの技術者やデザイナーは存在自体を秘密にされていましたから、シトロエンの広報誌にも当然、掲載されませんでした。

1972年に刊行された二玄社刊、世界の自動車シトロエンにも、DSのデザインは「ベルトーネの説があるが、これは正しくない。」と書かれており、ベルトーニとベルトーネを間違っていたと思われますが、真相はいかに。
 

La MEP X2の続き

 投稿者:玄人  投稿日:2011年11月 5日(土)20時59分53秒
返信・引用
  管理人さん、La MEP X2の件ですが、ご教授いただき、ありがとうございます。季節の変わり目で風邪を引いたためか、このところ投稿から遠ざかっておりました。GSの1,015ccエンジン搭載ですか。Ami Superと同じですね。LE DOUBLE CHEVRONの30号 Hiv. 1972 にも掲載されておりました。
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC30%20hiv72/dc30.htm
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC30%20hiv72/16.JPG
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC30%20hiv72/17.JPG

同号にはAmi Superも新型モデルとして登場していました。
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC30%20hiv72/10.JPG
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC30%20hiv72/11.JPG
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC30%20hiv72/12.JPG
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC30%20hiv72/13.JPG

同号には、シトロエングループの新型車の特集や、パリサロンでシトロエン経営陣のフランソワ・ローリエ氏やレイモン・ラブエル氏がポンピドー大統領に説明するシーンとか、シトロエンDS/IDの次期車種の生産を予定しているオルネ工場の建設の状況。更にはマセラティの以前の経営者アドルフォ・オルシ氏がなくなったニュースなど、盛り沢山の内容が掲載されています。

ご無沙汰しているシトロエンSMの投稿も再開しようと思います。
 

La MEP X27

 投稿者:管理人  投稿日:2011年11月 5日(土)13時03分50秒
返信・引用
  MEP X2 の解説は出てきましたので 動画の MEP X27の諸元を
記載します
 GS1015のエンジンを搭載しています。
モデル : G10/612
エンジン形式 : 空冷水平対向4気筒 1015 cm3.
ボア x ストローク : 74 x 59
キャブレタ : 2 X Weber 40 IDF/5
最高出力 : 80 cv.
公表最高速度 : 200 km/h.
乾燥重量 : 392 kg.

ちなみにMEPはMaurice E
mile Pezous の頭文字で
いまでも CFA MAURICE-EMILE PEZOUS として リヨンの北西アルビに
会社があるようです。
 

La MEP X2

 投稿者:玄人  投稿日:2011年10月25日(火)22時03分38秒
返信・引用
  管理人さん、こんばんは。平日は忙しいので、なかなか返事を書けません。MEPについてですが、いつものcitron-paperに掲載されているLE DOUBLE CHEVRONの Aut. 1966 に写真と記事がありました。今夜は、その記事を紹介します。
http://www.citronpaper.it/
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC06%20aut66/dc06.htm
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC06%20aut66/28.JPG
http://www.citronpaper.it/Echoes/DC06%20aut66/29.JPG

シトロエン・アミ6の602ccもしくはパンアール24CTの848cc、60馬力エンジンが搭載できるそうです。ミシュランX Asタイヤを使用し、190km/hの最高速が出るそうです。これが掲載されている1966年ですが、シトロエンが将来SMになる予定の高性能車を開発していた時期です。この当時、シトロエンはDS/IDの国際ラリーの大活躍や2CVの世界探検旅行で実績を挙げており、LE DOUBLE CHEVRONでも大々的に取り上げられていました。

しかし何かスポーツイメージが足りない。シトロエンと言えば、創業者アンドレ・シトロエン社長がモータースポーツ嫌いで、この思想が長く受け継がれてきたと思われますが、1960年代は世界的な経済繁栄を謳歌した時代です。あのアメリカのフォードが突然ルマンに挑戦して優勝するわ、イタリアのランボルギーニが高性能車を次々と出して人気を集め、遂にはミッドシップのミウラまで出すわ、GMが初の前輪駆動車オールズモビル・トロナードを出して栄光のフランスの度肝を抜くわで、自動車の世界でも強気の姿勢が目立ちました。

シトロエンも将来SMを出すことから、これまで弱かったモータースポーツイメージを盛り立てようと、手持ちの水平対向エンジンを使用して入門フォーミュラカーをつくったのでしょう。1968年のLE DOUBLE CHEVRONにはマセラティが続々登場し、1970年のSMにつなげるための長期的視野に立った経営姿勢がそこにはありました。もう、こんな活気のある時代は二度と来ないでしょうね。
 

(無題)

 投稿者:管理人  投稿日:2011年10月25日(火)06時22分20秒
返信・引用
  racer 500の動画ですが クレジットにはMEPX27とあるのは オンボードカメラの前を走っている フォーミュラのことなんだと思います(エアファンネルが上向きで付いているGSのエンジン) カメラが載っている車の
ノーズ内をヨク見るとプラグらしき影が両方に見えますね。
だいぷ話は転がってますがMEPは追々登場するでしょう。
 

レンタル掲示板
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